Fate/original sin
第二話 回想(3)

 危機管理局近くのビジネスホテルを蒼崎部長に借りてもらい、家から持ってきた少ない
荷物を部屋で開梱していると、扉がノックされる音がする。
「はい」
 私は返事をして扉を開ける。そこには大きなバックを抱えたセイバーが立っていた。
「・・・セイバー?」
「お久しぶりです。零」
 私はここ半年ばかり会っていなかったセイバーの、思いもよらない訪問を受けて混乱す
る。私はとりあえずセイバーを部屋に招き入れる。そしてセイバーを部屋に備え付けの椅
子に座らせ、私はセイバーと向かい合うようにベットに腰掛ける。
 一時の混乱も収まり、私はなぜセイバーがここに来たのか冷静に考え始めた。そして予
想がついたが、「よくここがわかったわね」と、あえて聞いてみる。するとセイバーは
「シロウが教えてくれました」
 ・・・予想通りの答えを返してきた。父さんの馬鹿。あれほど他人には言うなと言った
のに・・・。私は内心舌打ちをする。
「零。あなたは特務捜査官というとても危険な職業に就くそうですね」
 セイバーは私の内心を知ってか知らずか、そんなことを聞いてきた。これも予想がつい
ていた。セイバーは私を処理請負人スイーパーにさせないためにここに来たに違いない。
「言っておくけどセイバー、私は考えを変える気は無いわよ」
 私はセイバーに対する先制攻撃のつもりで言う。しかしセイバーは違う、とでもいうよ
うに首を振って言った。
「違います。私も特務捜査官となって零のパートナーになりたいのです」
 私は驚きを隠せなかった。セイバーは英霊だが、現在は遠坂凛ははおやの使い魔だ。絶縁され法
律上も親子では無いから、私と遠坂凛はまったく関係の無い魔術師同士ということになる。
その関係の無い魔術師のパートナーになるということは、許可がない限り遠坂凛マスターに対する
明らかな反逆行為だ。本来であれば魔力の供給を断たれて現界できなくなっても文句は言
えない。 
 私はセイバーの持ってきたバックをちらりと見て、セイバーに聞いてみた。
「まさか、パートナーになることをもう話したの?」
「はい。凛には当然反対されました。でも最後には勝手にしなさい、と言いました。懲罰ペナルティ
 として魔力の供給をかなり制限されましたから、今の私はこの世に現界するのが精一杯
 ですが」
 セイバーはそういい、寂しそうな笑いを浮かべて視線を私から外した。遠坂凛マスターを裏切っ
ている、という感情がそんな表情をさせるのだろう。今まで見たこともない笑みだった。
 「でもどうして」
 そこまでして私のパートナーになりたいのか、聞いておかずにはいられなかった。セイ
バーは私の目を見て
「貴方が心配だから、ではいけませんか」
 と言った。
「貴方が生まれてシロウとともに世話をしていたのは使い魔としての義務感からでした。
 でも凛とシロウがあんな形で別れてしまい、シロウと貴方だけ、凛と私だけの生活にな
 って気づいたのです。女であることを捨てた私に、母親としての感情が芽生えていたな
 んて思わなかった」
 そう言い終わるとセイバーは気恥ずかしいのか私から視線を外して顔を下に向ける。私
はそんなセイバーが愛おしくなり、
「ありがとう」
 そう言ってセイバーを抱きしめる。セイバーは驚いたようだが、やがて私を抱きしめ返
してくれた。・・・セイバーが私に母親的な感情の他に別のものを持っていることを知る
のはもっと後のことだ。

 さっそく私は蒼崎部長にセイバーのことを説明するべくセイバーと共に危機管理局に行
き蒼崎部長を呼び出す。やがてロビーに蒼崎部長が現れた。
「お久しぶりですねミスブルー」
「ああ、久しぶりだなセイバー。その名前で呼ばれるのも久しぶりだ」
 そんな挨拶を交わす二人を私は内心驚いていた。蒼崎部長が父と母親を知っているのは
分かったが、セイバーとも知り合いだとは思わなかった。・・・私が生まれる前の過去に
一体何があったのだろう?
 蒼崎部長はロビーの応接用のソファーに座るよう言い、私たちはそれに従った。私たち
と蒼崎部長は向かい合って座る。私はセイバーが私のパートナーとして特務捜査官になり
たがっていることと、それまでのいきさつを話した。蒼崎部長は私の言葉を聞いてしばし
考えていたが、やがて私に言った。
「特務捜査官を補佐する特務捜査官補という制度がある。セイバーはお前の特務捜査官補
 になればいい。必要な措置はこちらでする」 
 蒼崎部長は言い終わると立ち上がり、オフィスに戻ろうとする。戻っていく最中、ふと
思い出したように止まる。そしてセイバーに向けて
「しかし、主人マスターに逆らう使い魔サーヴァントなんて初めて見たぞ」
 そう言い放つとまた振り返ってオフィスに戻るため歩き出す。セイバーは何も言わずに、
何かを耐えるようにうつむいていた。

 私は本格的な訓練を開始した。卒業式も終わり、軍隊のような厳しい訓練をこなしてい
った。セイバーも危機管理局が用意した永住外国人登録証を貰い、危機管理局からほど近
いマンションを借りる手続きをしてくれたり、移動手段となるバイクの免許取得をしてく
れた。
 そして訓練過程がすべて終了した5月のある日、私とセイバーは蒼崎部長に呼ばれた。
今度はロビーまでではなくオフィスの小会議室に通される。
 しばらく待つと蒼崎部長が入って来た。書類の入った封筒を抱え、あいかわらず左足を
かばうように杖をついて歩いている。その後に秘書らしい局員がトランクとアジャスター
ケースを持って入ってきた。秘書はそれらを会議室の机に置くと会議室から出て行った。
 蒼崎部長は秘書が出て行ったのを確認すると「やっと任命許可がおりた」と言い私たち
の前に私たちの顔写真いりのIDカードを並べた。
「これが身分証明ライセンスだ。再発行はしないから無くすなよ」
 蒼崎部長はそう言うとさらに封筒に入った小冊子と、何枚かの書類を並べた。
「特務捜査官の規約と、誓約書と同意書だ。本当は私が規約を読み上げてその上でサイン
 するんだが、面倒だからサインだけしろ」
 仕事しろよこの給料泥棒、と内心で罵りながら私は黙って書類にサインをする。セイバ
ーもそれにならった。
「あと、これはお前の卒業祝いと任命祝いを兼ねたプレゼントだ」
 蒼崎部長はそう言うとトランクを私の前に、アジャスターケースをセイバーの前に置く。
私はトランクを開ける。そこには新品のグロック18Cマシンピストルが納められていた。私は銃をとり、
弾倉を外しスライドを引いて薬室に銃弾がないことを確認すると壁に向かって構える。乾
監督官に希望したとおり、跳ね上がり防止の重りを兼ねたレーザーサイトが装着され、フ
ルオート射撃のときガク引きになるのを防ぐため引き金が引くときは軽く、そのかわり戻
りが強く改造されていた。
 ふとセイバーの方を見る。セイバーはアジャスターケースに偽装された鞘から両刃剣を
取り出して「ほう・・・」と感嘆の息を洩らしている。ただの剣ではなく、力のある魔剣
であることは私にも分かった。
 蒼崎部長はそんな浮かれた私たちに冷水を浴びせるごとく、意地の悪い笑顔を浮かべて
私たちに言った。
「おめでとう。これでお前達も官憲の走狗イヌだ」
 ・・・つまりこれは走狗イヌへのご褒美というわけか。

 初任務の日は程なくしてやってきた。ある日の深夜、呼び出しがかかった私とセイバー
はある住宅地の一角に出動した。封鎖線の中に入ろうとする私たちと、それを制止する警
官と多少の押し問答をしてやっと封鎖線の中に入ると、危機管理局の現場指揮者として蒼
崎部長がいた。危機管理局の部長が現場に出てくるのは珍しいらしい。回りの警官や刑事
たちのささやきでわかる。それと私とセイバーのような未成年で、しかも女の処理請負人スイーパー
も珍しいらしい。私たちをチラチラと見たり、あるいは露骨に好奇の視線を送る者もいる。
 私とセイバーはそれらを意識して無視し、蒼崎部長に挨拶をする。蒼崎部長は「遅いぞ」
と言って状況説明を兼ねた作戦会議ブリーフィングを始めた。
 吸血種が出たという情報があり、地元警察が出動して住民を避難させてこの地域一帯を
封鎖したが、吸血種は封鎖が完了する前に脱出し、現在乾監督官と別の処理請負人スイーパーが追跡
している。住民二人の安否がとれず、封鎖地域に取り残されている可能性があるという。
私たちの任務はこの行方不明となった住民の捜索だ。
「生きているなら保護し、死亡しているなら報告しろ。それ以外なら・・・分かっているな?」
 蒼崎部長が言わんとしていることは分かる。もし吸血種に血を吸われて死者になってい
た場合、私たちが処分しなくてはならない。そのための処理請負人スイーパーだからだ。

 私とセイバーは最終封鎖線を越えて封鎖地域内に入り、住宅地の捜索を開始する。住宅
地は無人になっているから音もなく静まりかえっている。私とセイバーは住宅の一軒一軒
を捜索する。念を入れて鍵をこじ開けてでも家の中まで捜索する。でも行方不明者はなか
なか見つからない。いい加減焦りが出始めた頃、公園の一角で行方不明者を見つけた。
・・・それは、事切れた女性の首に食らいついて血をすする、死者となった子供の姿だっ
た。

「零」
 私はセイバーの声で我に返る。しばらく固まっていたようだ。覚悟していたとはいえ、
こういう光景を見るのは気持ちの良いものではない。私はホルスターから銃を抜き、死者
に向けて構える。弾倉にある対吸血種弾AVBは3発。私の魔術を使うまでもなく、一斉射で滅
ぼせるだろう。・・・でも引き金が引けない。それどころか銃を構えた手が震えている。
子供を撃とうとしているからか?でも死者になってしまったら救う手段はない。速やかに
滅ぼすのが唯一の救いだ。
「零、私が滅ぼします」
 そんな私の様子を見かねたのかセイバーが私の前に出て剣を構える。私の代わりに死者
を滅ぼそうとしている。私はセイバーに「待って」と声をかけて言う。
「私が滅ぼすから、貴方は証拠の撮影を」
 これが、私が選んだ人生だ。セイバーに甘えるわけにはいかない。やがて子供の死徒は
血を吸い尽くしたのか、私たちを見つけると女性の死体を放り出し、緩慢な動作で私たち
の方へ歩いてくる。血にまみれた口を歪め、血に濡れた歯を見せる。新たな『食料』を見
つけてわらっている!
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
言葉にならない叫びをあげながら私は銃の引き金を引いた。

 バララララララッ!

 私が撃った銃弾は全弾が死徒に命中する。死徒の一度死んだ肉体は再度死んで、塵にな
っていく。私は腰が抜けてその場にへたり込んだ。冷や汗と荒い息と、そして嘔吐感が収
まらない。セイバーが残された着衣と持ち物から死んだ女性と死者となった子供が親子で
あることを確認してくれた。

 任務を終えて、私はセイバーに支えられるようにして蒼崎部長の元に返る。蒼崎部長は
私の様子を見て「ご苦労」と感情のこもっていない声で言い、なおも言う。
「どうだ。初めての死者と戦闘した感想は」
 蒼崎部長の言葉を聞いて、私は死者となった子供の顔を思い出した。胃から逆流してく
るものに耐えかねて、セイバーを振りほどくようにして人目につかない所まで走ると、吐
いた。胃の中のものを全部吐いても、私に追いついたセイバーが背中をさすってくれても、
収まらない。・・・やがて胃液すら吐いてしまい、吐くものがなくなって私が落ち着くと、
蒼崎部長がミネラルウォーターのペットボトルを私に差し出して言った。
「これがお前が選んだ道だ。覚悟するんだな」

「零、どうしました?」
 セイバーの声で私の意識は現実に戻る。どうやらずいぶんと長い間、回想に浸っていた
ようだ。セイバーが心配そうな表情で私を見ている。
「なんでもないわ。ちょっと思い出に浸っていただけ」
 私はそう言うとベンチから立ち上がり、手に持っている潰れた飲料缶をゴミ箱へ捨てる。
そしてセイバーに「帰りましょう」と言って、セイバーと共に公園の出口へ歩く。
 ・・・私の選んだ道に後悔はしていない。たとえそれがどんなに厳しい道だとしても。

第二話 了


第二話(3)です。再確認と再構築作業に入ります。NOVELの更新は4月下旬まで休止します。


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