二番目に古い記憶は何だろうかと思い返してみると、浮かんでくるのは幼い私の目の前
で言い争う父と母親の姿。
「遠坂がそんな事を言う人間だとは思わなかった」
 母親を非難する父の声。
「あらそう。衛宮君は私のことをもっと理解してくれてるものだとばかり思ってた」
 冷たくあしあう母親の声。
「あの子は教えてもいないのに魔術回路を創っているし、使う魔術は五大元素のどれでも
ない、架空元素ですらない。こんなデタラメは許せないの」
 私をなじる母親の声。そして遠坂凛ははおや衛宮士郎ちちに向かってこう言った。
「解らないなら何度でも言ってあげる。私は魔術師。跡を継げない子供なんて要らないの」
 こうして私は遠坂零から衛宮零となり、父の元で育てられることとなった。

Fate/original sin
第二話 回想(1)

 事件の翌日、私とセイバーは蒼崎部長に呼び出された。仕事自体は完了しているのだが、
ときたまこういう気まぐれがあるので油断できない。
 危機管理局に出頭し、第四部のオフィスに案内されて行くと蒼崎部長は私が死徒を滅ぼ
している映像を見ている最中だった。やがて映像が終了すると蒼崎部長は私達に顔を向け
た。
「この死徒は昼間出歩く存在デイ・ウォーカーに成りかけていたようだな」
 蒼崎部長は挨拶もそこそこに、相変わらずの男言葉で私達に話しかけてきた。
対吸血種弾AVBで滅ぼせませんでした。あと2、3人の血を吸っていたら昼間出歩く存在デイ・ウォーカー
 成ったと思います。」
 私は蒼崎部長の言葉に応える。蒼崎部長は不意に意地の悪い笑顔を作ると言った。
「お前も成長したものだ。初仕事のときとは大違いだ」
「初仕事のことと今回の事件は関係あるんですか」
 私はすかさず答える。私の言葉に含まれたいらだちに気づいたのだろう。蒼崎部長は肩
すくめると
「確かに関係ないな。・・・報酬はいつもの口座に振り込んでおく。以上だ。帰っていい
 ぞ」
 そう言って視線を私達から机の書類に移す。蒼崎部長のそんな態度に私は怒りを覚えた
が、セイバーが視線で私を制しているのに気づく。そしてできるだけ平静に「失礼します」
と言ってその場を後にした。

 危機管理局ビルから出て、私とセイバーは近くの公園で休むことにした。途中の自販機
で清涼飲料を買い、木陰のベンチに座る。公園の中をわたる風が気持ちいい。
「まったく、なんなのよあのオバサン!」
 私はスポーツドリンクを一気に飲み干すとそう毒づく。そして怒りの矛先を持っていた
飲料缶に向ける。哀れな飲料缶は数秒後には潰されて変わり果てた姿になってしまった。
「仕方ありません。彼女はああいう性格なのですから」
 セイバーがミネラルウォーターを一口飲んで、苦笑を浮かべて私に言う。・・・私はセ
イバーほど出来た人間ではない。私とセイバーが住んでいるマンションから危機管理局ま
でバイクで30分もかからないとはいえ、寝ているところをたたき起こされて、いざ行っ
てみたらあんな状況では怒るな、という方が私には無理だ。
「初めての時のことをまだ持ち出すなんて、あいかわらずいい根性しているわ」
 ・・・初めての時、か。私はその言葉に引き込まれるように処理請負人スイーパーになるまでのこ
とを思い返し始めた。

 あれは中学3年の梅雨のある日だった。突然校長室へ呼び出された私は何かまずいこと
でもやったか、と内心訝しみながら校長室の前に立つ。
「失礼します」
 ノックをし、挨拶をして校長室へ入る。そこに校長と、50代半ばの髪の長い女性が座
っていた。それが蒼崎部長との初めての出会いだった。
 蒼崎部長は自己紹介が済むと私と二人で話がしたい、と言って校長を部屋の外へ退出さ
せる。校長が部屋の外へ出たことを確認するといきなり魔力を私に向かって放出してきた。
「・・・一体何のつもりですか」
 私はそう言いつつも声が震えているのがわかった。情けないが、他の魔術師から自分に
向けて魔力を放たれたことが初めてだったからだ。蒼崎部長はそんな私の様子に意地の悪
い笑顔をつくると魔力の放出を止めて言った。
「一応魔術は使えるみたいだな。まあ、遠坂凛と衛宮士郎の子供なら当然か」
「父を知っているんですか?」
 私は驚きの声を上げる。初対面の人間が父が魔術師だとわかっている、と聞いたからだ。
「貴方の両親とは貴方が生まれる前から知り合いだ。本人たちはどう思っているか知らな
いけどな」
 私の問いかけに蒼崎部長はそう答える。私は聞き捨てならない言葉を聞いたのでなおも
聞く。
「・・・私に母親はいませんけど」
「法律上はそうだろう。だけど遺伝上の母親は遠坂凛に違いない」
 蒼崎部長はそこで言葉を切ると「本題に入っていいか」と聞いてきた。このままだと話
が際限なく脱線しそうだ、と感じたようだ。私が「ええ」と答えると蒼崎部長は言葉を続
ける。
「私が所属している危機管理局第四部は、表向きの仕事は「『国民の生活安全の保護』だ
 が実際には『理解できない』事件の解決が主な任務だ」
「『理解できない』事件?」
 私の問いに蒼崎部長は「そうだ」と答えるとなおも言葉を続ける。
「具体的には警察の手に負えない、吸血種や魔術師が絡んだ事件だな。だが『理解できな
 い』事件に対応できる人員を部内で確保する余裕はないし、養成する時間もない」
 蒼崎部長はそこで言葉を切り、一息いれるためか出されていたお茶を一口すする。そし
てなおも言葉を続ける。
「そこで『理解できない』事件に対処できる人材を特務捜査官として登録し、事件が発生
 したら我々危機管理局第四部の要請に応じて事件の解決にあたる。そして解決したら報
 酬を危機管理局第四部われわれが払う。厳密には違うが賞金稼ぎバウンティハンターのようなものだ」
 蒼崎部長はそこで言葉を切ると、私の目を見据えて言った。
「中学を卒業したら貴方に特務捜査官になってもらいたい」
 私は黙っていた。黙らざる得なかった。私の人生が岐路に立っていることを感じていた
からだ。このまま普通に高校に行って普通の人生を送ることもできるかもしれない。けれ
ども出来損ないとはいえ私は魔術師。平穏とは無縁の人生を送る可能性もうすうす感じて
いた。
 私のそんな様子を見て蒼崎部長は言った。
「すぐに答えがほしいとは思わない。よく考えることだ」
 そう言うと私になにか書類が入った封筒を渡した。
「もしOKなら私を訪ねてきてくれ。中に紹介状が入っている」
 そう言うと蒼崎部長は席を立ち、退出しようとする。・・・今まで気づかなかったが左
足が悪いのだろうか。杖をついて、左足をかばうようにして歩いている。
 蒼崎部長が退出した後、校長室には私だけが残された。校長が心配して校長室に入って
くるまで、私はずっと考え込んでいた。

 それから1週間の後、私は危機管理局の蒼崎部長を訪ねた。結局私は平穏とは無縁の人
生を送ることを選択したのだ。危機管理局のロビーで待っていると、蒼崎部長が部下らし
い二人の男性を連れてやって来た。
「よく来たな。来るとは思っていたが、意外と早かった」
蒼崎部長はそう言うと「部下を紹介しよう」と言って男性二人を私に紹介した。
「こちらは遠野志貴。役職は部長代理だ」
 40代半ばぐらいの、黒縁のメガネをかけた遠野部長代理は「よろしく」とだけ言って
後は黙っている。なにかとっつきにくい人だ、と感じた。
「こちらは乾有彦。役職は監督官だ」
 同じく40代半ばぐらいの、赤く髪を染めた乾監督官は「よろしくな」と言って私に握
手を求めてきた。見た目によらず、親しみやすい印象を覚えた。
 私の自己紹介が終わると、蒼崎部長は
「我々と一緒に来てくれ」
 と言って危機管理局の外に出ようとする。私が事態がよく飲み込めず戸惑っていると乾
監督官が「ちょっとしたテストをするんだよ」といって車まで案内してくれた。
 車で湾岸の再開発地区まで行き、廃墟となったビルの中に入る。勝手に入って大丈夫な
のかと思ったが、乾監督官に聞いたら第四部が所有者になっているという。
 ビルの真ん中のフロアーまで歩き、蒼崎部長を見る。ちょうど蒼崎部長たち3人と、私
ひとりが対峙するような形になった。
「それで、これから何をするんです」
 私が聞くと蒼崎部長が答えた。
「お前が本当に特務捜査官として適正があるかどうかのテストをする」
 蒼崎部長はそう言うと遠野部長代理に杖を渡す。
「私はお前が魔術を使えると確信してスカウトしたが、実際に魔術をみたわけじゃない」
 魔術回路をONにしたのか、蒼崎部長に魔力が満ちてくるのがわかる。そしてざあっ、
という音と共に黒髪が紅く染まり、着ているパンツスーツまでも鮮やかなワインレッドに
染まる。校長室で感じたのとは比べものにならないぐらいの魔力量。
「お前の魔術を、実力を見せてみろ」
 そう言うと蒼崎部長は右手を私に向けて突き出した。


お待たせしました。第二話(1)です。冒頭で凛はかなりひどいことを言っていますが
魔術師としてなら正しいことを言っています。凛は遠坂の魔術師ですから。
士郎の恋人になったのが彼女なりの最大の譲歩だと私は考えています。
いきなり青子と戦うことになった零。第二話(2)へ続きます。

第二話(2)
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